消え行く物4-(2)

さて、二日連続で同じネタを。それも強く非難する口調で。(廃止自体は仕方がないとは思うんだけど。)以下の記事内容を見てあまりにも許せないところがあったので。問題の記事は、ちょっと探せば出てくる。その最後のほうのの部分である。
沿線活性化に冷や水 余部鉄橋架け替え何のため

日本海新聞社12月16日付 http://www.nnn.co.jp/news/051216/20051216003.html 
余部鉄橋を渡る寝台特急「出雲」=2004年5月撮影、千崎密夫さん提供
 JRが十五日までに、寝台特急「出雲」を廃止する方針を打ち出した。強風が吹くと止まる余部鉄橋の架け替えに地元は多大な負担を覚悟し、兵庫・鳥取両県がその負担割合を決めたばかり。沿線の活性化に向けてようやく動き出した出はなをいきなりくじかれた格好だ。沿線自治体や住民は強く反発している。

 但馬三市二町で構成する但馬自治会(会長・中貝宗治豊岡市長)と北近畿鉄道複線電化促進期成同盟会(同)は八日、JR西日本福知山支社の森田力夫支社長に対し、出雲の運行確保を求める要望書を提出。「但馬と首都圏を結ぶ唯一の列車として経済発展や観光に大きな役割を果たしている」として、永続的な運行を求めた。

 九日には、新温泉町役場にJR西日本福知山支社の社員二人が来庁。浜坂駅からは一便当たり平均一人の乗降客しかなく車両が老朽化していることなどを担当者に説明し、「出雲」廃止の方針を伝えたという。

 馬場雅人町長は「冠婚葬祭やビジネスなどで関東や名古屋に急用ができた時、ダイレクトな交通機関として役立っている」と住民生活や経済の発展に貢献している実態を強調。「このルートが絶たれると、ここは離島と同じ状況になる。観光面でもイメージダウンが大きい」と懸念する。

 さらに「何の改善も行わずに、利用実績が悪いので廃止という判断をされてはたまらない。定年を迎える団塊の世代が動き出すのはこれから。あと三年ぐらいは待つ余裕があっても良いのではないか」とJRの姿勢を批判した。

 藤原久嗣香美町長は「まだJRには聞いていないが、余部鉄橋が架け替えられるわけだし、何としても残したいという気持ち。香住だけどうこうというのではなく、但馬が一丸となって存続が図られるよう努力していきたい」と話した。

 浜坂町観光協会の松岡貢会長(68)も「余部鉄橋架け替えの負担を地元に求めながら、一方で列車を切り捨てるとは、理解に苦しむ。出雲が通らなければ、何のための鉄橋架け替えか分からなくなる」と憤る。

 鉄道を含めた公共交通の在り方を研究している「浜坂まちで公共交通を考える 育てる会」世話人の笹谷浩二さん(67)=新温泉町諸寄=は、「『出雲』は浜坂の公共交通の重要な部分を占める象徴的な列車」と、存続を切望。「せめて、『はまかぜ』の新車化や『スーパーはくと』の浜坂延伸、山陰線高速化など、出雲廃止に代わる何らかの“土産”が提示されなければ、山陰線はますます衰退する」と嘆いた。


日本海新聞12月16日付 http://www.nnn.co.jp/news/051216/20051216001.html

出雲号を来春廃止 JR西社長 片山知事に伝える


山陰と東京を結ぶ寝台特急出雲号=15日、JR米子駅
 JR西日本など四社が、山陰線を経由して首都圏と山陰を結ぶ寝台特急出雲号を、来春のダイヤ改正で廃止する方針を固め、近く発表することが十五日、鳥取県議会企画土木常任委員会で報告された。ブルートレインとして長年親しまれてきた出雲号の廃止は、ビジネスや観光面などへの悪影響が懸念され、地元自治体などから存続を求める声が上がっている。

 県によるとJR西日本の垣内剛社長が十四日、県庁に片山善博知事を訪ね、採算面の悪化などを理由に「(出雲号を)廃止する方向で最終調整している。廃止はやむを得ない」と述べ、二十二日に発表することを伝えた。

 片山知事は席上、JR山陰線の高速化整備事業などで地元が事業費を負担したことを強調し、「JRは公共交通機関の社会的役割を果たしていない」などと批判し、強く再考を求めた、という。

 JR各社は今年に入って特急「さくら」(東京-長崎間)など、長距離夜行列車三路線を廃止。出雲号も、関係するJR西日本、JR東日本、JR東海、JR貨物の四社が半年前から、乗車率が四割弱まで落ち込み、採算性が悪い▽車両の老朽化▽ブルートレイン車両ヤードの不足-などを理由に廃止を検討していた。

 これに対して、県は先月、兵庫、島根両県と三県知事の連名でJR西日本などに出雲号の存続を要請。十五日には、県市長会と県商工会議所連合会が「経済活動に大きな役割を果たしている」などとJR西日本に存続を訴えた。

 出雲号は、一九四七年に山陰と大阪を結ぶ準急列車としてスタート。五一年に東京まで延長され、七二年から特急列車となった。夜出発し、朝到着するため現地での滞在時間が長く使えることからビジネス客や観光客に利用されてきた。JR発足時の八七年には二編成あり、年間約三十万人が利用していた。


日本経済新聞2005.12.16付け http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20051216STXKE096115122005.html


寝台特急「出雲」廃止を検討・JR西、来春のダイヤ改正で
 JR西日本は16日、来年3月のダイヤ改正で、東京と出雲市(島根県)を結ぶ寝台特急「出雲」の廃止を検討していることを明らかにした。

 飛行機や高速バスに押され、乗客の減少が続いているため。同じ区間を岡山経由で結ぶ寝台特急「サンライズ出雲」は存続させる。

 「出雲」は1972年3月にデビュー。東海道線、山陰線経由で1日一往復し、出張や観光のほか、年末には帰省にも利用されている。最近は乗客が平均約80人と、ピーク時の3分の1に落ち込んでいる。

 JR西日本の幹部は「運行が非効率な上、車両が老朽化しており、東京の車両基地も手狭になっている」と廃止検討の背景を説明。既に沿線の自治体にも伝えた。

 兵庫、鳥取、島根の3県はJR西に存続を要望。国鉄出身の澄田信義・島根県知事は「山陰と東京をつなぐ貴重な交通手段。国鉄時代にかかわりもあり、思い入れがある」と話している。

 JRの寝台特急は、ことし10月のダイヤ改正で「彗星」(京都―南宮崎間)がなくなるなど廃止が相次いでいる。


寝台列車の基地の云々が書かれている。さて、このどこに問題があるのかというと、次にこの記事を参考にしてほしい。
なんとなくお分かりであろう。そして、出雲号の編成を所持している会社がJR東であることまで見れば、今回のことの本質は酉でも、倒壊でもなく、束にあるものと推定される。つまり、束が自分のとこの儲けの為に田町車両センター縮小→新駅建設、駅ビルなどの商業施設建設、跡地の有効利用→寝台の基地は尾久にするけど、そこまでは寝台列車はいけない→寝台列車廃止→余計なコストが減ってウマー。というサイクルにのっているのであろう。その結果、一挙にではなく少しずつ廃止していくという姑息なやり方に出たのであろう、相変わらずである。束以外の関連3社もないほうがいいと思っているから、機関車や客車の老朽などの問題がある、賛成したものと考えられるし。一般的には、酉の姿勢を非難するが、酉よりももっとことの本質は束にあるだろうことを見抜く必要がありそうである。もっとも、酉のやり方をよしとは一切思わんが。

一方での東京方面だけはなぜか知らんが配慮を示し、サンライズ接続特急なるものを作っている。こんなものあまりのる可能性は低いだろうし、浜坂などからの東京への足の確保にはつながらない。数年後には跡形もなくなることが予測される。

また、自治体の姿勢であるが、たぶん形だけの抗議で終わる可能性が高い。一応、抗議しておけば後から市民から叩かれる恐れは少ないだろうと見積もっているのであろう。もっとも、この件で、自治体を批判するやつはあまりいそうもなさそう。大体利用客がry。

つまり言いたいことは、あまりにも儲け主義に走るんじゃねぇ~よ、束といいたいわけです。奢れるものも久しからず、ただ春の夜の夢の如し。たけきものもついには滅びぬ。いっそ風の前の塵に同じ。
(平家物語、うる覚えなのであってるかはわからん、漢字は多分間違ってそうだがw)

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